新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

なんでそうなるの、もしくは不条理が掉さす場面とは

The Economist2月25日号のAsiaには、それぞれ異なる理由から政府によって少なからぬ鉱山が閉山に追い込まれているインドネシアとフィリピンの事情についての記事が出ています。それぞれ日本のODAにとっても古くて馴染みのある国なのですが、21世紀の世の中でどうしてそういう不条理がまかり通るのか、記事を基に考えてみたいと思います。

両国とも経済における鉱業の位置づけは決して低くなく、例えばフィリピンの鉱業輸出は全輸出の4%を占め、20万人の雇用を生み出しているのだそうですが、にもかかわらず環境・天然資源省の大臣が(元環境NGOの活動家)、環境破壊を理由に国内に41か所ある鉱山のうち、23か所を閉山に、5か所を無期操業停止にすることを決めた、のだそうです。

またインドネシアでは、低付加価値の鉱業資源が国外に流出している状況を改善し、国内で付加価値を高めるためという名目で3年前に未精製の鉱業資源の輸出を禁じたところ、ボーキサイトの輸出は2013年に5千6百万トンだったものが2015年には百万トンまで落ち込んだのだとか。で、インドネシアが自力でこれらを精製できるかというと、国内の精製能力は年間3百万トンなのだそうで。

短期的に見れば、不条理の塊みたいな話なわけですが、日本で同じようなことが起きるかと言われれば、おそらくかなり起きにくいのだろう、という肌感はあるわけですね(ゆえにこれらの記事が目に留まる)。でも、どうしてそうなのか、これらの国と日本の違いは何なのか、ちょっと立ち止まって考えてみると実はよくわからなくなってくるところがあります。

政府がものを決めて動かすという部分については、いずれの事例も責任者がそれなりの理由を持って決めたことを実施した、ということだと思うのですが、それが明らかにマクロ経済の健全な成長を阻害するような形で行われた、というのがおそらく日本とは違うのだろうと思います。マクロ経済は官僚の畑ですが、これらの国で官僚が優秀でない、あるいは日本のODAから学んでいないか、というと「それはないだろう」と言いたくなるくらい日本または国際社会からの支援を受けてきている歴史があります。

どうも、記事がとらえきれていない問題の真相があるのではないだろうか、というのが私の見立てなのですが、たとえば企業の立ち居振る舞いはどうだったのか、というと。

企業側が果たすべき責任としての環境保護や付加価値増大への努力は、日本であれば相当強いベクトルが働いて、実現しないわけには行かないくらいの圧力となって企業に降りかかっていたであろうと思う反面で、フィリピンやインドネシアの鉱山は誰がどんな立場でやっていて、それらが環境やマクロ経済に資するような動きをしていたのか、というあたりが記事では書かれていないわけですね。

いずれの国も、経済の部分では華僑・華人の力が強い国ですし、この業界は世界的に言えば鉱物メジャーが幅を利かせているという現実もあるわけで、そのあたりが必ずしも政府との互恵関係を上手くマネージできていなかったのではないか?という仮説が浮かび上がってきます。

The Economist自由主義経済礼賛のメディアなので、目線はどうしても多国籍企業とそれを支援するアングロサクソン型の市場万能主義みたいなところで議論が流れてしまいがちなところがあります。だからと言ってものごとの一面しか見ないスタンスに慣れていると、何か重要なものを見落としてしまう危険性がある、ということをこの記事は教えてくれているのかもしれません。

再生可能エネルギーについてのお話

再生可能エネルギー不都合な真実

 2月25日号のThe Economistはそのトップ記事で、再生可能エネルギーがもたらす電力事業の、あまり明るくない将来(?)について伝えています。ほぼ間違いない話で言えば、今後とも再生可能エネルギーの活用は進むと思われるのですが、もしかしたらそれは環境的にも財務的にも中途半端なメリットしか提供しないのではないか、というのが記事の趣旨です。

www.economist.com

大規模集約型の化石燃料あるいは原子力による発電システムと異なり、分散した場所で建設される再生可能エネルギー(特に太陽光と風力)を使うためには、送電のための設備投資が必要となるという側面があります。

では投資家が喜んで再生可能エネルギーに投資するかというと、以下のような問題がその障害になるのではないか、ということなのですがそれは①環境問題に関する補助金のおかげで発電能力が増えすぎてしまうこと、②太陽光も風力も、自然現象によって発電しない時間があるため、その隙間を埋めるために補完的な電源が必要になること(結局化石燃料を使う場合が多い)、③太陽光と風力は原料調達コストがほぼゼロのため、価格も安く収益性が低いこと、などによるとの分析です。

①と③だけで済むなら、「安い再生可能エネルギー」を実現してくれるのかもしれませんが、安いということは投資のリターンが少ないということとほぼ同値でもあるわけです。そこに②のような要素が乗っかるとすると、必ずしも安いばかりとは言えなくなるわけで、全体システムとしては結局複雑なモノになる点をどう調整するのか、ということになりますね。

記事では、補完電源と再生可能電源の共存について、最近日本でも注目されているスマートエネルギーシステム(コンピューターによる需要予測や給電調整)によって解決の道が見えてきているのは朗報としながらも、旧態依然たる電力価格の体系がスマートエネルギーシステムの普及を阻むことへの警戒感をあらわにしています。

価格調整システムがしっかり出来上がるのであれば、あとは料金徴収方法などの問題なのではないかと思うのですが、長年にわたって独占事業的なやり方に慣れている電力業界が、多様化する料金徴収システムに慣れるには時間がかかる、ということですかね。日本でも、鳴り物入りで始まった電力小売り自由化ですが、ケータイのような爆発的なブームになっているという話は聞きませんし。

再生可能エネルギー不都合な真実

 2月25日号のThe Economistはそのトップ記事で、再生可能エネルギーがもたらす電力事業の、あまり明るくない将来(?)について伝えています。ほぼ間違いない話で言えば、今後とも再生可能エネルギーの活用は進むと思われるのですが、もしかしたらそれは環境的にも財務的にも中途半端なメリットしか提供しないのではないか、というのが記事の趣旨です。

www.economist.com

大規模集約型の化石燃料あるいは原子力による発電システムと異なり、分散した場所で建設される再生可能エネルギー(特に太陽光と風力)を使うためには、送電のための設備投資が必要となるという側面があります。

では投資家が喜んで再生可能エネルギーに投資するかというと、以下のような問題がその障害になるのではないか、ということなのですがそれは①環境問題に関する補助金のおかげで発電能力が増えすぎてしまうこと、②太陽光も風力も、自然現象によって発電しない時間があるため、その隙間を埋めるために補完的な電源が必要になること(結局化石燃料を使う場合が多い)、③太陽光と風力は原料調達コストがほぼゼロのため、価格も安く収益性が低いこと、などによるとの分析です。

①と③だけで済むなら、「安い再生可能エネルギー」を実現してくれるのかもしれませんが、安いということは投資のリターンが少ないということとほぼ同値でもあるわけです。そこに②のような要素が乗っかるとすると、必ずしも安いばかりとは言えなくなるわけで、全体システムとしては結局複雑なモノになる点をどう調整するのか、ということになりますね。

記事では、補完電源と再生可能電源の共存について、最近日本でも注目されているスマートエネルギーシステム(コンピューターによる需要予測や給電調整)によって解決の道が見えてきているのは朗報としながらも、旧態依然たる電力価格の体系がスマートエネルギーシステムの普及を阻むことへの警戒感をあらわにしています。

価格調整システムがしっかり出来上がるのであれば、あとは料金徴収方法などの問題なのではないかと思うのですが、長年にわたって独占事業的なやり方に慣れている電力業界が、多様化する料金徴収システムに慣れるには時間がかかる、ということですかね。日本でも、鳴り物入りで始まった電力小売り自由化ですが、ケータイのような爆発的なブームになっているという話は聞きませんし。

海の底の不気味

The Econnomist誌は2月11日号のScience and technologyで、イギリスの科学者チームによって行われたマリアナ海溝の汚染調査について報じています。日本でも新聞などで小さな記事が出ていたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。

www.economist.com

最深部は海抜-10,000メートルを超える深海部がどうなっているのか、実際に無人探査船を使って採取したサンプルからは、中国東北部を流れる遼河~瀋陽などの大都市や石油化学工業などで環境問題が発生している場所もあって、日本のODAが対策に使われたりしているようですが~の5から10倍の濃度でポリ塩化ビフェニール(PCB)やポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)が検出されたのだそうです。

これらの、いわゆる「残留性有機汚染物質」は、自然界には存在せず、工業的な利用のために人間が化学的に創り出した物質です。特にPCBの毒性は広く知られており、日本でも厳重な管理の下で相当のコストをかけて処理・廃棄事業が進められています。

太陽の光も届かず、熱水も湧かないとされる超深海で、どうしてそんな汚染物質が検出されたのか。地球科学の面ではロマンを感じる要素もなくはないと思いますが、むしろ不気味さが先に立つニュースですね。

俯瞰してみれば

The Economist電子版は、最新のニュースでアメリカ・トランプ大統領と中国共産党習近平主席が行った電話会談を取り上げ、「一つの中国」政策をアメリカが認めたことについて報じています。曰く、「一つの中国政策を承認するために取引を求める」と言っていたトランプ大統領が、取引きなしにこれを認めたとすれば中国の思い通りに進んだことになるが、はたして本当にそうなのか、というトーンです。

記事の中で、訪米した安倍首相が受けたレッドカーペットのもてなしは、対中国のバランスを取ったものであり、そこへ北朝鮮がアジアの問題は中国だけではないと誇示するようにミサイルを打った、という記述がありますが、過去1週間に起こったことを俯瞰してみると、実はそんなような絵姿だったということになるのではないでしょうか。

「日米」という枠組みでしかニュースを伝えないメディアや、安倍首相が戻ってきた後その訪米成果をあれこれほじくる野党もそうですが、社会の関心が果たしてそんなところにあるのか?という視点でもう少しものを考えられないものかなと思います。

フェアウェイ友達

昨日も書きました通り、現時点までのところThe Economist電子版ではほぼ全く無視された感の強い安倍首相訪米ですが、2月11日号のAsiaには、チクリと批判するトーンながらそれを伝える記事が出ています。

曰く、安倍首相は昨年11月、世界がその勝利にハッと驚いている最中に飛行機に飛び乗ってトランプ候補(当時)に会いに行った、今回はそのとき持参した金メッキのゴルフクラブよりさらに大きな、新幹線建設を含む大規模雇用創出プランを持参して行く、そしてその資金はGPIF年金積立運用基金から支出されるかもしれない、ということも書かれています。

日本政府のアドバイザーをしている、というKollという名の人のコメントとして、「最大のリスクはトランプを信用しなくてはいけなくなることだ。」と。

昨日から今日にかけて、お約束のように北朝鮮はミサイルを打ってきましたが、当面優先される課題は、安全保障よりも経済なのだということを改めて物語る動きのように私には見えます。

 

世界はそれをどう伝えたか

昨日から今日にかけて、日本のテレビは安倍首相がトランプ大統領との親交を深めた話題を頻繁に取り上げています。週末にかかるためなのかもしれませんが、The Economist電子版にはそのニュースがひとかけらもありません。さて、と思って他を見てみたのですが、Financial timesは中国・習主席とトランプ大統領との電話会談のあと、日本の安倍首相と会って支援を約束した、みたいな書き方ですし、CNNはアメリカ版のトップページではだいぶ下の方に19秒握手をしたことなどが報じられているようです(アジア版のトップページには、日本を支援すると約束したことがトップに出ています)。

こういうふうに比べてみると、何が誰にとってのトップニュースで、何がそうでないのかが薄っすらと見えてくる気がします。立ち位置によって、ニュースもその伝えられ方も、全く違ってくるということですね。