新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

サウジアラビアの憂鬱

10月27日号のThe Economist誌は、巻末のObituaryで先ごろトルコのサウジアラビア大使館で殺されたジャーナリストのジャマル・カショギ氏の人となりについて伝えています。

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 曰く、そもそも体制批判を行うタイプのジャーナリストではなかったとのこと。元来は穏健なジャーナリストとして、どちらかというと体勢寄りの立ち位置にいることが多かったようなのですが、近年になってカタールとの対立関係なども含め、本来アラブのリーダーを自認していたはずのサウジアラビアのスタンスが次第にそうでなくなることへの警鐘を鳴らすようになっていったそうです。

 2015年には自らバーレーンで立ち上げたニュースチャンネルが、地元の政治運動家にインタビューしたというだけで開局当日に閉鎖されるという経験もしたのだとか。

 その後、モハメド・ビン・サルマン皇太子が実権を握るに至って、カショギ氏は皇太子への批判を隠さなくなったのだそうですが、それはサウジアラビアの王族の誰もがこれまで当たり前だと考えてきた、政治的自由や透明性を担保しようとする意見の枠を出ないもの、だったようです。

 自らの結婚のため、抱えていた3件の離婚(!)に決着をつけることが大使館訪問の目的だったのだとか。

サウジアラビアを巡って、この記事のような全体観を伝えてくれる報道は、日本語メディアではたぶんお目にかかれないのではないかと思います。そうみると今回の事件は、今後彼の国に起きるかもしれない大きな変化の序曲、なのかもしれません。

難しい課題

The Economist誌10月12日号のLeadersそしてScience and technologyのページには、先ごろまとまった国連気候変動枠組み条約政府間パネルによる報告書についての解説記事が出ています。日本でも大手メディアがこぞって伝えた内容ですが、改めて取り上げてみたいと思います。

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一寸驚かされたのは、報告書の規模ですね。44ヶ国から参加した91名の研究者によりまとめられた1200ページの報告書は、作成にかかった3年のうちに世界中から4万件のコメントがあったそうです。

次に感じたことは、以前だと科学的に信ぴょう性が疑問視されることもあったと思うのですが、報告書の1割について以前議論は残るものの、残りの9割についてはほぼ100%の人が合意するというくらい、気候変動とその影響についての問題意識は全世界的に高まっていることへの期待感です。

1992年の地球サミット以来、非公式ながら数値的な共通指標とされてきたのが「産業革命以前にくらべて摂氏2度の平均気温上昇」という考え方だったのが、詳しい分析ができるようになったこともあって、今回の報告書では「1.5度までに押さえよう」という考え方が強く打ち出されているとのこと。

この差は意外に大きく、たとえば2度の平均気温上昇では全世界のサンゴ礁の99%が死滅することが予想されているところ、1.5度に止まれば10~30%のサンゴは生き残り、その後の気温が安定すればサンゴ礁そのものの回復も期待できるのだとか。

ただ、現状のペースで温暖化が進むと、摂氏3度を超える平均気温上昇が予測されているところなので、それを2度よりさらに下、1.5度に押さえるためには大変な努力が求められることは火を見るより明らかです。

たとえば二酸化炭素の回収・貯蔵技術について。随分前から話は出ていますが、実際に運転している事例はまだ多くないようですし、それまではタダで排出していたものにおカネをかけて集めることをどうやってファイナンスするのか、も難しい問題です。

以前から私が主張しているのが原発の再稼働なのですが、羹に懲りて膾を吹くということわざがあるとおり、そもそも議論の対象とされていないようなところがあり、どうしたものかと思わされてしまいます。

電気自動車の開発も、再生可能エネルギーの普及も、それはそれなりに意義のあることですし、重要な課題だと思うのですが、それらを総動員しても難しい目標が1.5度であることをまずは共通認識化すること、でしょうかね今の僕らにできることと言えば。

嵐は世界中で

The Economist誌9月22日号のInternationalには、かなりの長文ながら、世界中で発生している台風やハリケーン、サイクロンなどの脅威についての記事があります。

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曰く、海水温が全世界的に上昇しており、海水面も毎年3mmずつ高くなっていることと併せて考えると、嵐はより強力になってゆく(!)のではないかとのこと。

特に衝撃的なのが、海面下2000mまでの海が蓄えた熱の量に関する経年変化を示したグラフで、1990年代半ばに平均値を超えた後は右肩上がりで上昇しており、海の水が温まっていることが一目でわかるものになっています。

日本では、台風の被害と言うとどうしても国内の災害に焦点が合ってしまいがちですが、むしろ世界的な災害対策の議論を推し進めるべきなのではないか、記事を読んでいてそんな風に感じました。

アメ車はどこで作られている?

8月25日号は、たぶん夏休みの影響ではないかと思うのですが、The Economistにしてはキレの良くない記事が続きまして、読んでいてもちょっとつまらなかった。

でもその中で、これは面白いと思わされたのか、アメリカの自動車産業がトランプ政権の貿易政策でどのような影響を受けるのかについて分析した記事でした。

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曰く、最もアメリカ製比率の高いフォードのピックアップF-150でも、15%がカナダとメキシコから、もう15%がNAFTA域外からの輸入部品に頼っているのだそうです。

そういう目で記事の中にあるグラフを見ると、アメリカで売られたクルマのうち、フォード車は80%以上がアメリカ製なのだそうですが、ホンダが60%、トヨタでも50%はアメリカで生産しているというのに、驚くなかれクライスラーは全車両の5%くらいしかアメリカで生産していない!のだそうです。日本ではあまりお目にかからない数字ではないかと思いまして、敢えて再掲いたします。うーん。

 

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やや危険?

いささか旧聞に属しますが、ソフトバンクサウジアラビアの政府系ファンドから出資を得て、先端技術開発案件への投資を加速させるというニュースがあったのをご記憶の方も多いと思います。

www.bloomberg.co.jp

The Economist誌は8月18日号のLeadersで、同国の政治を動かしていると言われるムハンマド・ビン・サルマン皇太子の最近の行状について、投資家の立場に立った素直な疑問を呈する記事を掲載しています。

https://www.economist.com/leaders/2018/08/18/muhammad-bin-salmans-capriciousness-is-hurting-saudi-arabia

曰く、カナダの外務大臣ツイッターで、サウジアラビアは平和的な抗議を行う者を拘束すべきでない、という発言をしたことに対抗して、皇太子は駐サウジアラビアのカナダ大使を国外追放し、二国間貿易を遮断、カナダの医療機関にかかっていたり、カナダの大学で学んでいるサウジアラビア人に、カナダ以外の国のサービスを使うよう強要したのだそうです。

女性の自動車運転を認めたり、テーマパーク開発に乗り出したりと、比較的評判の良い報道が多かった皇太子ですが、今回の出来事はちょっと、という感じですかね。

ソフトバンクのプロジェクトが影響を受けなければ良いのですが?

中国と言う名の惑星

7月28日号のThe Economistは、道路に囲まれた地球のイラストに被せて「Planet China(中国と言う名の惑星)」という刺激的なタイトルをつけています。記事としてはLeadersのトップとBriefingを使って、中国が進める一帯一路政策(Belt and road initiative: BRI)について、警戒心を露わにした報告を載せています。

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曰く、最初はシルクロードの再興みたいな切り口だったのに、最近は北極海さらにはサイバー世界にまでその適用範囲を広げていること、OECD諸国による伝統的な国際協力と違い、人権や腐敗についてほとんど何も言わないこと、建設工事には中国の労働力を使うこと、そして何より、借款で受益国を締め上げ、支払えないと租借地の占有などの強硬措置を取ることなど。スリランカが借款を払いきれず、2017年に中国が運営権を取得した事例を想起させる内容となっています。ミャンマーでも、チャオピュー港の開発に巨額のBRI資金が投じられているのだそうですが、果たしてミャンマー政府はその負債を計画通りに返済できるのか。そしてもし、返済できなかった場合に待ち受けるものは何なのか。

ごく最近、パキスタンの総選挙で与党が負けたのは記憶に新しいところです。メディアが伝えるのは汚職への忌避感や野党党首が元クリケット選手だったことくらいですが、なぜ汚職への忌避感が大きくなったのか、なぜ国を代表するスポーツ選手出身の政治家が国民に支持されたのか、そのあたりの読み解きはまだなされていませんが、ぜひとも話の裏を聞いてみたいところだと思っています。閑話休題

私は長いこと、建国の国是に瑕疵のある中国には、世界を納得させるだけの思想的貢献ができない(構造的にムリ)、ゆえに中国は一時的に覇権を得てもそれを保全できないとの主張を続けてきましたが、BRIが世界に問う哲学は、民主主義を否定しても、カネが儲かれば良いじゃないか、独裁政治でも、国と国民が満足すればそれで良いじゃないかという、言ってみればスター・ウォーズのダークサイドに近いものであろうと見ています。ゆえに、どんなことがあっても日本は国としてBRIにコミットすべきではないと考えます(AIIBはその最たるものです)。もっとも、民間企業が事業リスクの範囲で何かをするということまでは止め立ていたしませんが(日本は自由主義経済の国ですし)。

翻って、2020年のオリンピックまではなんとか走り続けることができそうな日本からは、今に至るまで2030年そしてその先を見通した話は聞こえてきません。BRIが頓挫したとき、そこにいる中国はもはや潜在的な脅威ではなく、現実的な危機そのものになっている可能性が高いと思います。それにどう対峙するのかは、長い時間とおカネをかけて、じっくりと準備すべき重要課題なのですが。

トランプが変えたもの

The Economist電子版には、アメリカのトランプ大統領が変質させたのは共和党だけでなく、民主党もまた彼によって変化させられた、という興味深い記事が出ています。

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記事によると、政治的に寄せ集めにすぎなかった民主党が、中道政党からよりリベラル(左翼的?)な考えに立つ人の政党となりつつあることが見て取れます。一介の主婦だったひとがデモに出て官憲に逮捕されるようになるなどの事例も紹介されています。

ちょっと気になったのは、そういう変化の中で党が注目するのが、たとえば性的マイノリティであったり、不法移民であったり、確かに注目すべき人たちなのだと思うのですが、相対的にマジョリティが放っておかれる方向へとシフトしているのではないかという点ですね。

実はこれは、日本の野党にも言える話でありまして、重箱の隅をつついたような自民党の不祥事や、語るに落ちる首相夫人がらみのスキャンダルもどきの話ばかりが先行し、マジョリティへの政治的回答がないがしろにされているという現状は、どうみても合格点を与えられるものではないと思うのです。

何も日本だけではないという話は、こと政治に関しては全く救いにならず、憂鬱をより深刻化させるだけの話に過ぎないのかもしれませんが、何とかならないものでしょうかね。