新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

いつから国連の味方になったんだっけ?

1月6日号はLeadersのトップに「より安全な世界へのチャンス(A chance for a safer world)」というタイトルで、国際社会は国連をもっと有効に使うべきだとの意見を載せています。

なんだか結論ありき、のような気もしなくはない記事ですが、これまでどおり国連改革に対しては肯定的な立場を表明した後、それを支持する理由は2つあって、一つは国連が巷間言われているよりも良い仕事をしているからであり、今ひとつは今日の国際社会が大国の協調を促進するのに良い機会となっているからである、と論じています。

国連が良い仕事をしている?いや、どうもありがとう。ただその直後に「だからといってパーフェクトだということではない。それには遥かに及ばない。」と、お決まりの注釈は付くのですが。

また、大国の協調については「20世紀後半に比べれば、大国間の対立軸は減ってきている」とし、問題は「大国間の対立ではなく、崩壊国家、テロ、核拡散、中東の混迷」が原因となっているため、各国の対応優先度は異なるものの、大国間の協調可能性はあるはずだとしています。実際にイランを巡る中ロの妥協が国連制裁決議を可能にした例をあげ、イラク問題の後遺症で実戦には慎重なアメリカとも話し合いによる調整が可能であろうとしています。

改革の必要性については、現状維持を考えるためにすらスピードアップが不可欠で、まず安保理事会常任理事国に日本、インド、ブラジル、ドイツとアフリカから一国を加えて今日的な国際社会の代表が参加できるようにしなくては早晩影響力が低下するだろうと述べています。

またPKOのための自前の武力、即時に動ける自前の国連軍を持つべきだろうとも。その間、大国は協調して既存の枠組みの中ででも平和構築への意思を明らかにすべきであろうとの意見です。アメリカは自国の安全に対して縛りを受け付けないかもしれないが、現時点で国際社会におけるそれへの脅威はとても小さいし、皆共通の問題を抱えているとも言えるので、国連の提供するユニークな多国間ベースの活動をうまく利用すべきではないか、というのが結論です。

安保理改革について、新常任理事国候補の具体的国名が昨年廃案となったG4案に近い線で挙げられています。日本にとっては宿願の常任理事国入りですが、中ロに対して本論のような意見がどこまで説得力を持つかというと、はっきり言って未知数だと思います。とはいえ、中国もロシアも国連改革に反対することこそが国益である、と言えるまでの構造的な対立軸がないことはどうやらそのとおりである、と見ればあとは個別具体的な議論の中で地道な交渉を続けていくことが可能なのではないかと考えられます。

昨年、John Mickelthwait(The Economistの現編集長です)に会ったとき、彼はちょうど中国出張からの帰途にあり、「冷静に考えればアジアからの声が強化されるのだから、日本の常任理事国入りは中国にとっても良いことのはずで、そのプロセスで日本に恩を売れば更に彼らの国益に適うはずではないか。ところが北京で会った人たちが異口同音に言っていたのは、中国にはJapanofobiaとでも言うべき日本に対する惧れがあるということで、それがために合理的な対応が取りづらくなっているように見えた。」という内容のことを言っていました。

いったい、彼の言うJapanofobia(日本恐怖症)の正体は何なのか、それは何に起因するのか、どうすればそれを取り除いて日中が合理的かつ納得的に国是・国益を認め合えるのか、については議論を深める時間がありませんでしたが(元々アメリカ屋の彼も、そこまでの知見は有していないようでしたし)、何となく今回の記事は、その考え方に一つの論拠(鳥瞰的には対立軸が弱いはず)を与えてくれるような気がします。

それにしても、国連について「言われているより良い仕事をしている」とは、同誌が一寸前まで辛口一辺倒だったことを考えると、末端で働くものとしては一寸こそばゆい気もしますが、同時に「たったそれだけ?もっと評価してくれても良いのでは?」と注文をつけたくもなります。おっと、この議論に入ると本題をはずれかねないので今日はこのへんで。

その他1月6日号にはぺロシ議長を迎えた米下院、サダム・フセイン処刑、アフガニスタンの麻薬問題などが載っています。新年一号ということで、本の厚さは一寸薄いです。なお、Obiuaryはフセイン元大統領ではなくジェラルド・フォード米元大統領でした。当たり前、か。