新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

退任挨拶?

6月2日号を読んでいて、へぇと思ったのはEssayという題で英国のトニー・ブレア首相が退任についての寄稿をしていることです。在任期間中の苦労話が3ページに渡って綴られていますが、What I have learnedというタイトルにふさわしく、10年前の就任時には予想もつかなかった今日の課題について素直に書き綴られたものとなっています。世界の読者を意識して、外交、特にテロとの戦いについて多くを語っていますが、同時に一国の宰相として国内政治についても簡潔に、しかしながらしっかりと、所感を述べていて好感が持てました。

テロとの戦いについては「いかにテロをなくすか」「どのように問題を解決するか」ではなく、「テロは脅威である。その脅威とは戦わなければならない。ピリオド。」という紋切り型の言い方で、妥協の余地ない自らのスタンスを旗色鮮明に表しています。確かに、「テロ支援国家」からさまざまなルートを通じて無政府状態と化した紛争地域に武器が供給され、国連や西側諸国の治安回復努力を妨げているという構図は議論の余地なく否定されなくてはならないものだと思います。そのためにこそ、国連など多国間協議の議論と並行して世界各地で実力によるテロ対策をも行っているのだ、ということだと理解します。しかしながら、Sovereignty(日本語では国家主権、統治権といいますが、もっと崇高な語感)以外の何かが国際社会の治安を妨害する現状を、Sovereigntyを対象とした枠組み(国連、軍事行動等)で解決しようとする対応は、どこか筋違いだと感じることを禁じえません。彼もタリバンを除くのは容易だが、イデオロギーを除くのは至難の業だと認めています。

そこで彼が訴えるのが「民主主義」「自由」の普遍的価値観です。すぐにでも「新しい力と興味が影響力を持つようになる」世界にあって、これら普遍的な価値観を広め、議論の基盤を強化することが必要なのだ、と説きます。この点、どこまで価値観を共有できるか、も大事ですが、対立軸がなぜ価値観を共有できないのか、についての議論が少し弱いように感じます。このあたりが他人に気を使う日本人との差、なのかもしれません。

エッセイでは続いて国内の政治についても、オープンとクローズの二軸が左右対立よりも重要な視点になっていること、「国家」の役割が変わりつつあること、福祉制度の健全運営にむけた責任分担(払うものは払え、かな?)、個人社会における法の役割、旧態依然足る政党の運営方法の見直し、社会的弱者への対応やよりオープンな社会への対応等、日本にとっても重要な政治的課題といえる論点が簡潔に述べられています。

後継者をこれらの議論で縛るつもりはないが、サポートは申し出たい、というくだりで彼のエッセイは締めくくられています。返書、が来週以降のlettersを埋め尽くす様子が見えますね。