新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

見方によって

9月17日号のBusinessには、環境に配慮したビジネスで成功している新興国企業の例を取り上げたダボス会議ボストンコンサルティンググループ(BCG)のレポートについての論評が出ています。水不足のインドで少ない水によるセメント製造法を開発したセメント屋の話、水の値段を下げることで盗水問題を解決したフィリピンの水供給サービス、冷暖房の廃熱をビル空調に応用した中国企業など。。。

曰く、環境への配慮とビジネスの成功に因果関係はあるのか?との議論について、The Economistはやや慎重な見方をしています。確かに一つの成功例の裏には100もの環境汚染事例があるのかもしれません。それでもなお、新興国といえども環境配慮へのニーズは存在していることを、先進国側としては認識すべきだろうと思うのです。「衣食足りて礼節を知る」は真理かもしれませんが、たとえ衣食が30%しか足りていなくても、弱いかもしれませんが礼節への関心はどこか心の中にあるわけで、それが50%、70%と充足されてゆく中で、間違いなく礼節への関心は高まってゆくわけです、「これまで貧しいがゆえにできなかったけどようやくできるようになった」ことへの満足と、過去への若干の悔いをも伴って。

The Economistの結論は、足りない水を足らすようにするのは市場原理による解決である、という議論に与するもののようで、現象的にはそれで正しいと思います。ただ「環境かビジネスかの対立」という命題に対して「環境とビジネスとの融合」、という反対の命題を解くだけではビジネスの現状分析をしただけのことにすぎず、今後を考える上ではやや突っ込み不足だったかな、というのが正直な感想ですね。今は雑踏とごみと埃にまみれていても、無駄やロスがどれだけ多かろうとも、新興国には弱いなりに将来への希望があって、やはりそれは先進国に住む我々と同じ「きれいで住みよい」社会の構築だということです。それこそが、中長期のビジネスを考える上でカギになる認識ではないかと思いました。

経済学では複数の市場における需要をまとめてかんがえるAggregated demand(日本語では総需要と言います)という概念があります。似たようなイメージなのですが、みんなが考える「社会がこうなったら良いな」的なイメージとしてAggregated hope(敢えて訳すなら「総希望」でしょうか)のような概念を導入できるとしたら、きれいで住みよい社会への希望は長期の需要を喚起しうる、と思うのです。これって実は結構な学説に近かったりするのかもしれませんが、日ごろちゃんと勉強していないので、単なる思い付きとしてしか記述できません。浅学非才ぶりを遺憾なく発揮して、今日はここまでです。失礼。