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新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

影の銀行、について

The Economist誌の5月10日号は表紙とLeadersのトップ記事、そして特集記事が銀行ビジネス、なかんずく「影の銀行(shadow banking)」に焦点を当てたものとなっています。日本では「ノンバンク」と言われた、人のおカネを預かって運用すると言う伝統的な銀行業態とは違う金融機関(言ってみれば「貸すだけ商売」)を含む多様な金融の形態を指す言葉らしいのですが、伝統的な銀行が透明性の確保や資金の安全性に関する様々な規制に縛られて自由な投資活動がしづらくなっている間隙をついて、これら「非銀行金融機関」が実績を伸ばしてきた、というのが現実だということです。もともと市場には、銀行業態にない企業がクライアントや取引先のためにちょっとした決済・与信サービスを始めることは良いこととして受け入れられる土壌があって、そこでおカネがたまりだすと運用のことを考えるようになるわけです。で、クライアントや取引先以外の資金需要に対応するようになる。問題はそこで発生する「調達と運用のアンバランス」、すなわち短期の資金を長期で貸し付けることで発生するリスクだ、と考えるとわかりやすい。で、現実の「影の銀行」は、世の中広くあまねくこれらのリスクを内包しながら、貸し借りが積み重なって誰のものだかよくわからなくなったおカネを動かしている、ということのようです。

「影の銀行」というと、日本で報道されているのはすでに事故の発生が多く報告されている中国の例ではないかと思うのですが、思いっきりマクロな分析として「中国(政府)には、ある程度までの事故を吸収できるだけの潤沢なキャッシュがある」という認識が働いており、ゆえにリスクを取るという投資判断ができる根拠になっているということなのですが、逆を言えばこれらの懸念がついて回らない資金源、具体的には日本を考えると、国の財政は悪化していて、野放図な金融事故の後処理ができるほどの覚悟も体力もない、だから日本は全体としてリスクを取れない、という分析も(相対的には)なりたつと言えそうです(実際の数字を分析していないので、的外れになっている可能性もある議論ではありますが)。

「影の銀行」について、The Economistは「それが誰のカネなのかわかるように」なってくれること、と言うややありきたりの条件を付けつつその効用を認めているのですが、実際問題として十分な透明性を確保することは、今日的な金融に求められるスピードや複雑性を考えると、はっきり言って難しいかもしれませんね。だとすると、後はギャンブルなの?ということですが、それをできるだけそうしなくするための工夫こそが求められている(そしてそれがビジネスのネタになっている)と言うことだと思います。