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新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

新たな貴族階級の形成

The Economist誌1月24日号のLeadersトップおよびBriefingでは、アメリカで深刻化する階層の固定化と、新たな貴族階級の形成にも例えられる富裕層の世代間移転についての記事が出ています。

所謂アメリカンドリームは過去のものとなり、富める者の子供が必然的に富を受け継ぐようになってきている、というのですが、記事が示すデータは確かにそれを裏付けているようです。

理由はいくつか考えられるということなのですが、その一つと考えられるのが「女性の社会進出が進み、高学歴で仕事を持つ女性が増えたこと」なのだとか。そんな女性がパートナーに選ぶのは、当然かもしれませんが高学歴で仕事を持つ男性が多いとすると、必然的にそうでない男性がパートナーにできるのはそうでない女性、ということになるわけで。前者のほうが明らかに生活レベルも高く、教育への可処分所得も高いと言うデータが物語るのは、「スタートラインが違ってきている」と言うことかと思います。

その他にも、たとえば初等教育にかけられる公的予算が徴収される市民税額で変わると言うアメリカのユニークなシステムも影響していると言うのです。早い話が、富裕層が多く住んでいて納税額が高い自治体はより多くの予算を教育に使える、ということだそうで、そのせいなのかOECD諸国の中でイスラエルとトルコとアメリカの三カ国が「金持ちの子についてそうでない子より余計に教育予算を使う」国になっているのだそうで。

さらには高等教育の高額化が挙げられるということなのですが、過去30年に物価が二倍強に値上がりしたのに対して、平均の大学授業料は8倍近い値上がりを見せているというデータもあるようです。また、就職について要求される学歴も時代とともに高学歴化していると言う側面もあるようなので、だとすると本当にお金のある人しか高等教育を受けられず、そのチャンスが多い人は富裕層が多く住む町の出身者で、子供の教育や予算に関心が高い高学歴夫婦の子供である確率はどうしても高くなる、と言うことかと思います。

そういう子どもは大学で、たとえばラクロスなど特定のスポーツに親しむのだそうで、大学でラクロスをする子の親がブルーカラー、と言う例はごく少ないと言うデータもあるのだとか。

アメリカンドリームが死語になる日、それはアメリカが活力の源を失う日とも言えるのではないかとすれば、この状況が物語る社会の変化について一度考えてみるのは責任世代である私たちにとっても意義のあることなのではないかと思います。

日本でも、何年か前に東大に入る子供の家庭は平均的な家庭より豊かである、というデータが報じられたことがあったかと思うのですが、だとするといずこも抱える社会の悩みと言うことなのかもしれません。「機会均等」を死語にしないための工夫は何か。結構重要なテーマだと言う気がするのですが。