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新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

マイノリティの憂鬱

The Economist10月3日号前半のBriefingには、アジア系アメリカ人が直面する教育・ビジネスそして社会面でのハンディキャップについて、かなり詳しい数字とともに紹介されています。曰く、白人よりも高い点数を取ってもトップの大学に入れてもらえない(黒人やヒスパニックは低い点でも入れる)、曰く、「竹の天井」とも言われる出世の限界があって、経営トップにはなかなかなれないなど。

逆差別だ、という訴訟なども起きているようですが、現実を目の前にして当のアジア系アメリカ人たちの間では、「これでもダメならもっと頑張るしかない」という考え方が強く出てきているようです。

アジア系、と言っても、記事を読み進めてゆくとこの指摘が主に中国(東南アジア華僑が入るかどうか?)系の移民について書かれたものであることがわかります。たとえばインド系アメリカ人の場合は、比較的出世しているそうですし。

これに対して日系アメリカ人は、主に戦前の移住によってアメリカに渡っているのですが、移民が比較的早かったこともあってか、新しいアジア系アメリカ人に比べると社会への同化は早いようで、ハワイ州の知事は日系人であることも触れられています。

出来の良いマイノリティが差別される、というと思いだされるのはユダヤ人の例ですが、アメリカで彼らの扱いを差別しないことについて社会がそれを認めるのに半世紀もの時間を要したのだそうですが、だとすると今以降アジア系アメリカ人の間でも待遇是正を要求する動きが高まってゆくということになるのでしょうかね。なんというか、二元対立こそが問題解決手段であるという社会の、それが自然な予測値になるのかなと。

文中に、アジア系アメリカ人は「成功者が社会に還元しようとする度合いが低い」ような書きぶりもあって、目に見えないところで白人たちからそんな目で見られているんだなあということもわかります。日本では「三方よし」と言いますが、自分と大学と社会と(あるいは自分と勤め先と社会と、でも良いのですが)の位置づけを踏まえたうえで全体的により良いあり方を考えるような、そういう考え方が出てくれば良いのにと思って読んでおりました。二元対立と三元調和では、そもそもロジックが相容れないので、アメリカでこれを言うのは難しいのかもしれませんが、アジアの文脈に解決策はないわけではないことを上手く伝えられたらなあと、思いながら読んでおりました。