新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

チンギス・ハーンは中国人?

12月23日号は、年末特集記事の一つとして「モンゴルの魂を巡る戦い(Battle for Mongolia's soul)」というタイトルで、中国とモンゴルのチンギス・ハーンを巡る争い、というよりも中国がチンギス・ハーンを自らの祖の一人としていることを詳細に取り上げています。

まず最初に、内モンゴル自治区のオルドス市近くにあるチンギス・ハーンの陵墓が観光地化されつつあること、隣接した地区に建設されるチンギス・ハーンのテーマパーク(!)や、これらを推進する漢族と、プロジェクトを漢族による伝統の乗っ取りであるかのように反発する蒙古族との葛藤について触れられています。

中国に言わせれば、元王朝の祖と言えるチンギス・ハーンは「中国の名誉皇帝」(The Economist誌)なのだそうです。確かに蒙古族は現在の中国を構成する56の少数民族の一つ(中国国内に約1000万人、モンゴル国に約230万人)ですから、その意味で「中国人」というカテゴリに入るのかもしれませんが、The Economist誌も書いている通り、56民族の93%は漢族なわけで。

そうは言っても、父祖の代からずっとチンギス・ハーンを歴史的英雄としてたたえてきた蒙古族にとって、いきなり漢族から「チンギス・ハーンは私どもの祖の一人」と言われても困惑するばかりだろうと思います。

次にモンゴル国の反応として、独立前2世紀にわたって中国の支配を受けたことへの反発や、ソ連崩壊後のロシアとの関係が希薄化する中、再び中国との関係が微妙なものになってきている状況が報告されています。モンゴル国自身は鉱業のおかげで近年一定の経済成長を実現しているが、トゥムルティ鉱山を中心とする鉱物資源はまた、中国にとって垂涎の的となっていること、不法に許可された中国資本との合弁による開発が法的措置により止められたものの、モンゴル当局は開発のための資金を手当てできずに開発が遅れていること、モンゴル国内の鉱山ですら低賃金の中国人労働者が活躍していること、かつては外貨獲得の手段であったカシミア産業が、中国による低価格戦略により多大なダメージをこうむったこと、またモンゴル側は中国との関係が旧に復すること(中国の支配下に入る)を大変警戒していることなどを紹介しています。

歴史認識の差異、と言うだけでは済まされない難しい問題に焦点が当てられたように感じます。チンギス・ハーンは中国の名誉皇帝だ、と言われてえっと思うのは私だけではないと思いますが、翻ってモンゴル人全体の8割が内モンゴル自治区に暮らしているとなると、一寸考えてしまいます。一方モンゴル国の人々にとって、自国の英雄である人間が、難しい関係にある隣国においてマーケティング・アイドルになっている現状は大変プライドを傷つけられるものではないかと思います。

日本で育った人間として、素直な歴史認識は、漢族の歴史と蒙古族の歴史が一つになることはないと言うものだと思います。元や清などの王朝は漢族を虐げた征服王朝であったはずで、現在の中華人民共和国がその衣鉢を継ぐという説明には何か違和感を感じざるを得ないのですが、陵墓が内モンゴル自治区にあり、人口比でも圧倒的に中国側が大きいとすると、モンゴル国側の言い分もあるでしょうが、一方的に中国を非難するだけでは解決しないのではないかと思います。とは言えそのうち邪馬台国は中国の属国で、その衣鉢を継ぐ日本は中国の一部だ、という議論がでてくることのないように、とは思いますが。

いずれにせよ、日本のメディアが伝えることはないか、あったとしても事実報道に止まらざるを得ないところにまで目配りをしてくれているという点において、さすがThe Economist、と思った記事でした。