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新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

中国が提示する「ビジョン」

中国が提示する世界進出のビジョンは何か。一言で言えばそれは「交通の開発」である、でも何のための?というのが4月11日号のBanyanの問いかけです。

最近、日本のメディアでも目にすることが多くなった「一帯一路」という考え方がそれにあたります。近隣諸国と結ぶ交通インフラ開発、と理解すれば良いのだろうと思うのですが、それを通じた経済交流を活発化させましょう、それ以上のものは求めません、というふうに解釈できるだろうと思います。

では、そのインフラができた後は何がどうなるのかと考えてみましょう。物流・貿易は活発化されると思います。中国にとっては市場を広めるメリットがあると思います。で、相手国にとっては?原材料や農産品を中国へ輸出しやすくなる、という面はあると思います。ポイントは、そのインフラを通じて中国が提供する「幸せ」とは何か?というところにあります。

その成否には賛否両論あると思いますが、米欧社会(特にアメリカ)が拡大を続けた時代を振り返れば、古くはキリスト教重商主義、冷戦崩壊に至るまでは民主主義と自由経済が、その「幸せ」の基礎だったわけで、フィリピンや韓国はキリスト教を受け入れ、日本もまた民主主義(見せかけかもしれませんが、専制政治よりはマシ)と自由経済(こちらは確かに機能した)による幸せを享受した進出先の一つであったのだろうと思います。であればこそ、これらの国は戦後70年、あるいはそれ以上に渡ってアメリカにくっついて来れたのだろうと。確かに軍事面の負担を伴うものではあったので、日本だと沖縄問題をはじめとする不条理や矛盾がついて回ったという側面はあるのですが。

周辺国に対して、いまさら共産主義を提供するわけには行かない北京政府にとってその代りに提供しうる考え方、キリスト教や民主主義のように相手国の「幸せ」につながる知的資産はごく限られていると思います。まさか儒教というわけでもないでしょうし、だとすると作り話で塗り固めた反日哲学を周辺諸国にもふりまくとでも言うのか?

最大限、善意に解釈しても「中国は、インフラ開発への協力を惜しまない。結果としてもたらされる商機については双方の利益を尊重する。でもそれ以上の関与は内政干渉になるので控える。」という程度のコミットメントにならざるを得ないのだろうと思います。

セネガルと言う国で目撃した事例の話をします。現地で長年細々と営業してきた現地資本の乾電池工場があって、最近、外国から流入する偽物の被害にあっている、というのですが、それはすぐにダメになる精巧な模造品が大量に持ち込まれているというもので、中国の乾電池が輸入されるようになってから発生した問題だそうです。それまで市場を占有していた自社製品とそっくりのダメな乾電池が沢山売られ、その横に中国製の新製品が並んで売られている。当然そちらの方が品質が良い(最低限、すぐにダメにはならない)ので、市場はあっという間に侵食されるわけです。対策として、その工場は乾電池のデザインを変える対応を取っていましたが、経営者は長年市場で浸透させたブランドやロゴを自分から捨てなければならないという被害に苦りきった顔をしていました。

古くは古代ローマの時代から変わらない話として、大国が周辺に進出するという場合、単に経済協力だけではビジョンを提供したことにならない、経済が良くなった結果どうやって幸せになれるのかという拠り所(キリスト教だったり民主主義だったりします)を提示する義務が、進出を図る側には生じるのだろうと思います。それが果たせないということは、人類の繁栄につながる形でビジョンを提供したことには全くならないのだという点をしっかりと理解する必要があると思います。