新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

アベノミクスへの祝福

新年あけましておめでとうございます。年頭、1月7日号のLeadersには、アベノミクスの先行きに期待するという、勇気づけられる論調の記事がでているのですが、日本の中にいるとなかなか気づかない視点の論調だったので、少し詳しく紹介したいと思います。

曰く、トランプ相場はアベノミクスにとって第二の「風」(追い風の意味。カミカゼを意識?)になるだろうと。そしてこれまでを見ると第一の矢、第二の矢は良いとして、それが国内の民間直接投資や賃金上昇、消費の拡大につながっていないことへの失望感が強いことを指摘しています。

人口減少やインフラの充実度を考えると、日本が新規投資の向け先になりにくいという性格はあるものの、「日本人」(労働力としての)を価値ある資産と考えるなら、まだやるべきことは多いはずだと。たとえば失業率が低いのに実質賃金がアベノミクス下で低下傾向にあることの不自然さについて。また電通事件に象徴されるように長時間労働が当然とされていることも。ただ東芝事件が白日の下に晒されるなど、これまで見過ごされてきた古い社会の問題点があぶり出されているのは逆説的だが改善のきざしであると。政府が取り組もうとしている配偶者控除の見直しを含む税制改革も有効だろうと。春闘の結果が期待に沿わないなら、最低賃金の大幅な見直しなど、政策的に対応できる手段を使えばよいと。デフレ懸念回避の流れが続くなかで、世界経済を下支えするアベノミクスを世界もまたサポートするだろうと。しかしそのために日本の企業経営者は勇気ある決断が求められている、という締めくくりです。

確かに、中国経済の減速や西半球全体を覆う政治の混乱などもあって、大きな流れで言うと日本のチャンスは拡大しているように見えます。ただ、コンサルタントの仕事を通じて私はよく言うのですが、「チャンスは、手放しで喜ぶべきものではない。チャンスをむざむざ見逃すようだとそれは即、批判の対象となる。」という別の顔があります。幸運の女神は後ろ髪を持たないとよく言われますが、2017年が日本にとってのチャンスであるとするならば、それを見逃さないだけの大胆さを持ちたいものだと思いますね。

新年が、皆様にとって良い年でありますように。

2016年を締めくくると

12月24日号のLeadersトップには、2016年が自由主義にとって厳しい年だったことを総括する記事が載っています。曰く、英国のEU離脱や、トランプ米国次期大統領の当選、あるいはハンガリーポーランドをはじめとするヨーロッパで見られたナショナリズムの台頭に加え、ロシアや中国が警戒の度を緩めないことも含め、自由貿易を是とする自由主義は全世界的に退潮傾向にあった、というのです。

なるほどたしかに、民主党政権時代にあれほど警戒されたTPPにしても、今や日本が推進する立場にある、なんていう絵姿は、自由主義の退潮という大枠の中でないと説明がつかない、と言えるかもしれません(慎重を期して?推進を決めた政策を、世界の潮流が変わったからという理由では変えられないのが今の日本)。

元来、自由貿易推進派のThe Economistとしては、踏んだり蹴ったりの年だったのかもしれませんが、哲学として自由貿易の価値に疑念を挟んだりしないのがこの本の偉いところ。技術革新と、新しい仕組みでよりよい世の中を築くため、来年こそは良い年に~もとい、自由主義経済の恩恵を見直す年に、したいしするべきではないか、というのが記事の主張です。

そういう流れで2017年を展望すると、日本は今のところ自由貿易の恩恵の方が大きそうなので、保護主義を唱える勢力が台頭するという流れにはなっていないようですが、トランプ新政権がむしろ加速させかねない保護主義的な流れとの対峙が課題になるかもしれない年、というふうに整理できるのではないでしょうか。

監視国家

12月17日号のLeadersトップとBriefingは、中国のインターネット監視システムと、それがもたらすであろう弊害についての突っ込んだ分析を伝えています。民主主義の国では当たり前のコミュニケーションの自由と情報乱用の規制が、中国ではそのいずれも存在せず、そのすべてが監視対象になっている、ということなのですが。

たしかに昨年訪れた上海では、Googleが使えずメールも遅く、大変不便な思いをさせられました。3千万人の超巨大都市は、爆発的に進められる超近代的なインフラ建設とは裏腹に、仕事のしにくい環境でした。

弾劾のあとには

The Economist12月17日号のLeadersにはシリア内戦、サイバー戦争と中国などの話題と並び、大統領弾劾が成立した韓国についての記事が出ています。北朝鮮の核開発が続き、アメリカ大統領選の直後に、ある意味で最悪のタイミングに力の空白を許すってどうなのよ、と言わんばかりのトーンです。

日本のメディアは今のところ、言いたいことも控えて事実関係のみを報道しているという感じだと思いますが、よりによってこのタイミングでなくても、と思った方は少なくないのではないかと。

本命候補がいない中で、担ぎ上げられる新大統領に指導力は期待できるのか?何より日本がさっさと10億円払った慰安婦問題はあっさりと蒸し返される可能性も出てきたわけで(蒸し返したいのなら、まず10億返したうえで話に来い、でしょうか)、全くもってやれやれ、という感じです。

オルト・ライトをどう見るか

The Economist12月10日号のBusinessは(他の欄ではなく、なんとBusinessです)、アメリカのトランプ政権で主席戦略官・上級顧問として戦略を担うことになったスティーブン・バノン氏の出身母体であるブレイトバートニュースについて詳しく紹介しています。いわゆるオルト・ライトと言われる勢力の、特にメディアがどういう位置づけなのかについてはなかなか日本の報道でもカバーされていない段階だと思うので、これはとても興味深い記事だと思います。

www.economist.com

記事によると、同社は創業9年目、1か月に45百万回の視聴があるなど、ネットメディアとしてはかなり読者数も多いらしいことがわかりますが、日本の場合と比べてどうなのかなど、統計的なデータが手元にないので正確な比較は難しい状態です。

で、その主張は「反グローバリズム」だそうで、記事が伝えるところによると、同社はこの意見を世界的に広めるためイギリスやドイツにも進出しているのだそうです。反グローバリズムをグローバルに展開する、というあたりが若干分かりにくいと言えなくもないですが、ビジネスとしてみた場合にはそれなりの成算もあるようで。

EUが推し進めてきた移動の自由や難民受け入れ政策が行き詰まる中、各国では極右政党と言われる勢力の伸長もあって、確かにこういうメディアが受け入れられる素地はできつつあるのだろうと思いますが、日本はと言えば移民受け入れについて閉ざされた現状はまさにオルト・ライトが主張するスタンスに近いのだと思います。他方で日本が求める自由貿易は彼らの主張と明らかな隔たりがあるように思うのですが、このメディアの主張とトランプ政権の政策が重なるようだと、国際社会が進めてきた自由貿易環境政策は停滞を余儀なくされる懸念もある、ということかと思います。

選挙後、数あるスポンサーの中からコーンフレークのケロッグなどいくつかの会社がスポンサー契約を打ち切ったようですが、日産は契約を継続しているのだとか。アメリカの選択肢としてオルト・ライトが今後どのように影響力を持つのか、興味がもたれるところですね。

バイクを作るベンチャーの話

12月10日号のBusinessから。

世の中、さまざまなベンチャービジネスはあれど、オートバイ、もしくはモーターサイクルを作ると言われると、へっ?と思われる方も少なくないのではと思います。だって需要は伸びないだろうし、東南アジアで売れるのは原チャリ(失礼)ばっかだし、ホンダ、スズキ、カワサキヤマハと日本メーカーが勢ぞろいしているのに、そこへベンチャーだって?と言うのが、記事を読む前に思ったことだったんですね私も。

www.economist.com

で、The Economistが紹介するのはヴァンガードロードスターという会社で、これまでの累計生産台数はわずか1台。それの何が凄いかというと(別に凄くもないのかもしれませんが)、デザインから生産までのプロセスを可能な限りコンピュータ化してしまったこと、だそうで。そのおかげでこれまでの半分ほどの工期で、人手もかけずに新しいモデルを市場投入できるのだそうです。バイク製造のデザイナーと経営コンサルが二人で始めた会社だということ、ハイエンドな大型バイクの製造に特化し、ニッチなマーケットを狙う戦略らしいということ。このあたりは典型的なベンチャービジネスなのですが、そういった属性のあれこれよりも印象的だったのは、

「オートバイ製造なんていう、成熟・飽和した市場でもベンチャーはできるんだ。」

ということですかね。

そう考えると、アイディアと技術があれば、枯れた市場でも十分起業のチャンスはあるのだろうと思えてくるから不思議です。たとえばガラケー。あるいは音楽CD。そういえば今朝の新聞に、ラジカセ再燃、みたいな記事も見かけましたし。アタマを柔らかくしておく必要性を、そんな部分で感じさせられた記事でした。

アメリカビジネスのこの先

前後しますが、12月10日号のLeadersトップ記事について。

トランプ次期大統領が政権発足に備え、着々と布石を打っていることは日本でも報道されている通りなのですが、その中で彼が人目を引くような個別企業(フォードやボーイングなどについては日本でも報道されています)に対する明示的な要請を繰り返している点が目立ちますね。曰く、メキシコに行くな、アメリカに生産拠点を残せ、云々。

www.economist.com

その文脈で読み解けば、ソフトバンク孫正義氏がVIP待遇でトランプ氏に会えたのも、アメリカに投資をして雇用を作るという申し入れが奏功したというのが見えてくると思います。でも、とThe Economistは説くのです。

もしもメキシコに生産基地を移した方が競争力が増すのだとしたならば、移転しなかったことによって本来なら得られたはずのキャッシュフローを犠牲にすることになります。株主の期待利益は減らされ、税収も増えず、相対的に競争力を増す他のだれかに対して不利になる選択肢をトランプ氏は企業に(しかも個別の)迫っているわけで、結論を言えば「それは違うだろう」と。

保護主義が生んだ大統領、という立場の不利をトランプ氏がどこで問題視し、どこで政策を転換することになるか(記事の書き手はそうならないわけがない、というくらいの勢いですが)、というのがThe Economistの関心事なようです。おそらく日本の、優秀な官僚機構も似たような判断をしているのではないかと思うのですが、そのあたりは若干疑問ですね。ツイッターを軸に情報発信をする彼のやり方は、どうもメディアの考え方とはリズムが違っているように見えて仕方がありません。