オバマが遺してゆくもの
The Economist誌の10月8日号は巻頭のBriefingに、バラク・オバマ大統領による長文の寄稿を載せています。曰く、保護主義や反イスラム主義を批判しつつ、疑いようのない資本主義と世界経済の関係性がもたらす価値を踏まえて、経済の分野において4つやり残したことがある、それらを克服するために努力は続けられなければならない、と。
今年ヒロシマを訪問した際にも、安倍首相に対して努力を継続することの重要性を繰り返し説いていたと言われるオバマ大統領ですが、そうだとすると中長期の視点に立った彼のビジョンは存外に骨太なのかもしれません。去りゆくアメリカ大統領が未来に託そうとするものが何なのか、簡単に見てみたいと思います。
彼が問う努力とは、すなわち格差の是正を図りつつ最善の経済運営システムである資本主義の福音があまねく行き渡るようになることを目指すためのものだそうで、言わばバトンリレーである大統領職を引き継ぐ人が、その方向を目指してくれることを期待する、と述べています。
まず第一に彼が挙げるのがイノベーションの重要性で、滞りがちな設備投資を刺激するための税制改革などが可能であること(すなわちまだ手がついていないこと)に言及しています。イノベーションの重要性については疑問をさしはさむ余地は少ないと思いますが、時間のかかる課題であることを認識すべき要素かなとも思います。
次に格差の是正について触れていて、2015年にアメリカは低所得層の所得の伸び率が富裕層のそれを上回ることを実現したのだそうですが、そもそもの格差が信じられないほど大きい(大企業経営者の年収は労働者の250倍!)国ですから、変化の兆しは望ましいとしても、なんだかあまりに小さい規模の話に聞こえます。
第三に就業率の向上というか、非自発的失業の削減あるいは適正な雇用機会の提供について触れています。それによると、男性の就業率が右肩下がりなのに加えて、ここ数年はそれまで順調に伸びてきていた女性の就業率も頭打ちになっているのだそうで、大統領としては、まさにやり残したことと感じる要素なのかなと思います。
第四に彼が挙げるのが、レジリエント・エコノミー、すなわち危機に強い経済ということで、そのためのルールの重要性を挙げています。
そのうえで(忘れてたわけではないと思うのですが)付け加えているのが、地球温暖化対策についての話で、パリ合意の着実な実現に向けた努力を、期待感を込めて促しています。
最後は若干の自画自賛というか、金融セクターを襲った危機を税金投入なしで乗り切り、自動車産業を救ったこと、結果として経済は成長したことなど、目指してきた方向性に間違いがなかったことを述べたうえで、持続可能な経済成長はまた分け合えるもの(shared)でなくてはならない、というコトバで自らの寄稿を締めくくっています。
分け合うこと、すなわち「分配」は日本で言うと自民党より民進党(旧民主党)が訴えかけていた政策課題だと思うのですが、この8年間相次ぐ経済危機を克服し、成長を続けたもののミドルクラスの没落を防げず、国内にフラストレーションをため込む結果となった政権の総括としては、まあそんなところなのかなと思います。
それよりも、日本やおそらくEUの視点から見ても評価できると思うのは、述べるべき人が述べるべきタイミングで流れを見える化してくれたことです。文頭で述べられている保護主義への警鐘は、コトバこそ明確ではありませんが間違い用のないクリントン候補への支持につながる考えでありましょうし、何かの間違いでトランプ候補が当選するようなことになったとしても、政権移行時の定点がそこにあったということを確認できることは、長期の世界経済を考えるうえで大変意味のある事と評価できるのではないかと思います。