新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

ロシア側からそれを見たなら

ネットでは2月11日号が流れているThe Economistは、昨夜一晩かけて羽田からワシントンへ飛んだ某国首相の動静については一顧だにせず、通常よりも多い紙面を使って米ロ関係、もっというとトランプ米大統領の対ロシア戦略に対する警告を発しています(それにしても、こうまで無視されるとは日本政府も思っていなかったのではないかと。世界の政治動向短信であるPolitics this weekの欄でも、ナイジェリアの大統領が休暇を延長したことは伝えても、日米首脳会談には一言も触れていません)。

アメリカがロシアに期待すること、すなわちISに代表されるイスラム教過激派対策について、ロシアの最大の関心はアサド政権の存続であり、ISを含む反政府勢力の一掃は関心事ではあるものの、それがイスラム過激派撲滅とイコールではないこと、アメリカが用意できる空爆を中心とした対策は、地上軍を用意できないロシアのそれとは補完的に働かないことを挙げたうえで、対中国戦略でも経済面・安全保障面ですでに依存関係にあるロシアが中国から離れるという絵姿は考えづらいこと、ウクライナ問題において欧州の支持を得られるような解決策をロシアと合意できるとは全く思えないことなど、ロシアとの協力が極めて困難なものであることを伝えています。

更に興味深かったのは政治思想史的な分析で、そもそもロシア革命そのものがアメリカ独立の延長線上にあり、思想的に当時のロシア人ははそれを凌駕するものにしたかったのだという解釈です(私が良く知らないだけで、ロシア革命について分かっている方には当たり前のことなのかもしれません)。その衣鉢を継いだものの見方をするならば、帝政打倒から今に至る近代政治の中で、トランプ政権のふるまいは専制的な体制を敷いたロシア側に「ついにアメリカの方が近寄ってきた」と見えなくもないのだろうと思われます。そう考えると欧州の極右勢力の台頭もまた、ロシア的には自分たちの思想的な優位性をくすぐる変化に見えるのではないでしょうか。なるほど、某国首相がゴルフをするかどうかより、かなり興味深い話かもしれません。

壁が出来たなら

The Economist2月4日号のBriefingには、アメリカのトランプ大統領との関係について、そのスタンスを決めかねる各国首脳の悩みを捉えた記事が出ています。イギリスではメイ首相がトランプ大統領との交渉に臨むことへの異論もあるのだとか。わが日本の安倍首相は大統領専用機に乗ってフロリダでゴルフだそうですが、見る人が見れば旗幟鮮明な対応を取っていることの意味を、しっかりと理解していることを期待したいと思います。

ときに、メキシコ国境の壁ですが、障壁が大きくなれば密輸業者が得をする、壁ができればトンネルが掘られる、というのがThe Economistの見方です。それでも壁は立つのか、そして「だから言ったこっちゃない」という予定稿がメディアを賑わすだけの話になるのか、まだ2週間ちょっとしか経っていないのですが、やれやれ、という感じですかね。

セカイノサケメ

The Economist2月4日号は、ホワイトハウスの反逆者、というタイトルでトランプ米大統領が矢継ぎ早に繰り出す新しい政策についてトップで論評していますが、特に外交面ではイスラム系7か国からの入国差し止めと、難民受け入れの一時停止についてなかなか洞察の利いた深堀りをしてくれています。曰く、大統領上級顧問のバノン氏が震源地なのだとか。彼はメディアによってスターウォーズダース・ベイダーにも擬せられているところ、イスラム過激派と戦うには、ロシアをパートナーに選ぶしかない、という思い切った選択を提案したのだと。思い切った考え方だと思います。キリスト教ユダヤ教連合対イスラム過激派という絵姿は、世界を分断しようとする試みと批判されることも覚悟の政策に違いありません。そういう流れの中で見ると、今のところ日本については傍流にあるものの、結局はこの流れに付いて行くしかないヨーロッパと同じように、アメリカ側につくことを期待されているということだと思います。そうすると見えてくる裂け目の向こうにいるのは、もしかしてイスラム過激派と中国の連合だったりするのか?それがトランプ政権の仮想敵国群(あるいは実際の)なのか?

バノンが描く世界の流れでは、ヨーロッパにとってはロシアとの妥協を強いられ、親米アラブ勢力はイスラエルの風下に置かれ、冷え切った関係のまま同盟に残らざるを得ない日本と韓国もそうですが、アメリカ第一主義なるもののもたらす居心地の悪さが際立つ絵姿になりそうです。

でもそれが、アメリカ市民の安全につながる政策だということで、選挙を通じてアメリカ人が選んだものの考え方だ、ということなわけですね、現時点では。核戦争の脅威が逓減したと思ったら際限なくはびこり出したテロや小規模紛争に対応するため、ブッシュ政権以降のアメリカが負担してきた軍事的な対応を、壁や裂け目を作り出すことで政治的な対応に置き換えようとしている(言ってみれば負担軽減策)、私の目にはバノンの政策がそんなふうに映るのですが。

 

嘘が汚す権威

The Economist電子版のトップは、抜き差しならない大統領令により、理不尽にもアメリカ各地の空港で足止めされたり、出発前に搭乗拒否にあったイスラム教国出身者を巡る詳しい情報になっています。日本のメディアは火の粉を恐れてか、ほとんど報道していないトランプの嘘っぱちについて鋭く切り込んでいます。

まず、入国差し止めになったのがイラン、イラクリビアソマリアスーダン、シリア、イエメンだそうですが、9.11テロ実行犯の出身国であるエジプト、アラブ首長国連邦レバノンそしてサウジアラビアはこの大統領令に含まれません。

テロを未然に防止すると言っている割に、アメリカでテロで人が死ぬ確率は、牛に殺されたり花火やエレベータの事故で死ぬより低い、のだそうです。そんな低確率のトラブルに対応するために、何百人もの入国を突然ストップさせるとは。

足止めを食らった人の中には、グリーンカード保持者もいるそうで、アメリカが長年かかって築き上げた信用を下支えするシステムに大きな瑕疵を与える措置だということがわからないのでしょうかね。

最悪なのは、シリアのキリスト教徒はこの措置に含まれないことの説明として、「これまでシリア出身イスラム教徒が自由にアメリカに来られていたのに、キリスト教徒は迫害されて理不尽にもそれができなかった。その措置を是正し公平にする。」とトランプは言っているそうですが、昨年アメリカが受け入れた難民の統計だと、イスラム教徒が約3万9千人、キリスト教徒が約3万8千人だったそうです。

就任わずか2週間ですが、これまでアメリカと国際社会が脈々と築き上げてきた価値観やシステムを平気の嘘で汚すという点において、史上最悪の大統領であることが見えてきたのではないかと思います。

自由貿易への弔鐘

ネットではThe Economist1月28日号が流れています。Leadersは多国籍企業の引き揚げ、混乱するベネズエラの政治経済、米中貿易交渉の見通し、最貧国の私学教育、ロシアの家族制度という、一見バラエティに富んだ構成ですが、トップ記事と3本目のいずれもトランプ新政権による保護主義的政策がアメリカひいては世界の経済に及ぼす負の影響への懸念に彩られています。

トップ記事の多国籍企業に見る退潮傾向については、まさにトランプ政権の政策が直接のきっかけとなるものですが、グローバルに生産を展開することで世界に安価な製品を供給してきたこれらの会社について、代替的にその機能を保管する担い手が必ずしも存在しない中で、これら企業の収益は漸減し、株価も低下し、やがて経済は鈍化するだろう、そして世界はかつてグローバル企業が反映した時代を懐かしく思うだろう、とのご託宣です。

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米中貿易交渉については、自国の国営企業をさまざまな手立てで厚遇し、競争的な環境を受け入れない中国に対してTPPで用いた諸政策を適用することで、自由貿易の促進が図られるであろうことを示唆しつつ、でもそれは考えにくいですよね、という結論になっています。

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さすがのThe Economistもお手上げ、という感のあるトランプ新政権ですが、同誌としても、ここまで矢継ぎ早にここまで保護主義的な政策実施に走るとは、という感じなのでしょうかね。

企業も、また

各メディアでは、新たに第45代アメリカ大統領に就任したトランプ氏に関する様々な報道が入り乱れる中、1月21日号のThe Economistもまた多くのページをそれに割かなくてはいけない状況のようです。

出張でだいぶ間が空いてしまいましたが、飛行機の中などで紙面を眺めていると、その余波は政治面に止まらず、さまざまな角度で変化への対応が議論されていることがわかります。企業の対応もその一つです。

日本についても、トヨタをはじめとする自動車産業が、どうかすると理不尽にも見えるロジックでやり玉に挙げられているようですが、The EconomistはSchumpeterのコラムで知的な分析に絡めて変化についての見方を報じています。

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そも、シュンペーターの節によると企業は6種類に分かれるのだそうですが、まず株主利益のみを追求する「企業原理主義者」、次に顧客に尽くそうとする「企業役夫」、先々を読んで動く「企業預言者」、潤沢な儲けを背景に株主利益に囚われずに済む「企業王」、社会的貢献を優先させる「企業社会主義者」そして株主価値に全く注意を払わない「企業背教者」(翻訳は私がテキトウにやりました)、だそうで、この順番に株主価値を重んじなくなるのだとか。

企業が何を重んじるか、は時代や経営環境によっても変化するわけで、昨今世界で目立つポピュリズムの勃興もまた、企業が対応すべき変化の一つ、というのがSchumpeterコラムニストのご意見のようであります。

出張の合間に

二つの海外出張の合間、74時間の日本滞在中にこのブログを書いています。

The Economist1月14日号のAsiaには、いわゆる従軍慰安婦問題を巡って深まる日本と韓国の対立についての記事があります。トランプ新政権の発足とともに米中関係が冷え込む流れにあり、その環境下で北朝鮮が核開発を最終段階へと進めているところ、釜山の日本領事館前に少女像が設置されたことをきっかけに日本政府が態度を硬化させたという流れは大局観を持ってみれば全くもってあるべからざるもの、ということができると思います。記事でThe Economistも指摘する通り、稲田朋美防衛大臣靖国参拝~やるのは良いとして何もこのタイミングでなくても~という蛇足めいたエラー、いやドチョンボが見事にすべてをもつれさせてしまったのではないかと見ています。

安倍首相の真珠湾訪問にも同行した彼女としては、政治的信条の発露のつもりでこのタイミングに靖国神社を参拝したのだろうと思いますが、その行為が国際政治に関する大局観のなさを見事に露呈することになるとは、つゆほどにも思わなかったのでしょうね。一部には将来の首相候補とする向きもあるようですが、このようなエラーをむざむざと犯すようでは、及第点は難しいように思います。

この絵姿は、裏から見れば北朝鮮および中国がどれほどこの問題で政治的に得をしているかが透けて見えます。日本からすれば南京事件と同程度にいかがわしい難癖と見える話が、韓国の足元をふらつかせ、日本からの助けが届かないように仕向けるためのトラップになっているようにも見えるのですが、さて。