新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

それも理由?

The Economist誌10月22日号のAsiaには、日本の産科医療について焦点を当てた記事が載っています。曰く、無痛分娩(穿刺による麻酔薬注入)が増加してきているものの、まだ病院の通常営業時間に限られる場合も多かったり、健康保険でカバーされる出産費用の内訳には入っていなかったりすることが挙げられるそうです。

他にも、妊婦の扱いが国によって違うのはよく知られていることだとしつつ(フランスでは妊婦でも普通にワインを飲む)、日本では何かというと体を温める(ヨーロッパではむしろ逆のようです)ことなどが紹介されています。

少子高齢化の主な原因がそこにあるとはなかなか思いづらいお話ですが、仮に国の施策を論じるのであれば、たとえば対応可能な産院を増やすとか、無痛分娩の費用を公費で負担するとかいう案はあっても良いのかもしれません(一部ではすでに助成制度があるようですが)。あるいはそういう保険商品があったら、というアイディアも出てくるのではないかと思うのですが(保険商品によっては可能、というくらいが現状らしいです)、記事としてはその辺の踏み込みがちょっと弱かったかな。

 

落ちるところまで

ネットではThe Economist誌の10月15日号が流れています。トップ記事はアメリカ大統領選挙とアメリカ政治そのものに関する憂慮を伝える記事となっていまして、トランプ候補の混乱ぶりもさることながら、それでもなおかつ40%を超す支持を取り付け、選挙後の妥協につながるような政策は全く顧みない同氏のやり方と、それに引きずられて好感度が低いままのクリントン候補の不人気ぶりは、選挙後のアメリカ政治を弱体化させることにつながるとの分析は正鵠を得ていると思います。

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確かにThe Economistの言うとおり、選挙で負けたとき、政敵の施策について妥協の余地を残し、その中でどうやって自らの主張を展開するかという議論につながる「ふところ」みたいなものが、トランプ氏の発言には感じられませんし、その分だけわかりやすいと言えばそうなのかもしれませんが、選挙の結果にかかわらず本来共和党が(議会ではおそらく多数派となる)果たすとみられる役割については依然として方向性がずれたまま(たとえば保護主義のトランプvs自由貿易の共和党)となっているのはアメリカ政治全体を考えたとき、非常に憂慮される流れだろうと思われるわけです。

どちらが勝つにせよ、アメリカは確実に弱体化する。その近未来に対して私たちはどのように準備し、どのように対応するのでしょうか。自らの立ち位置をどう決め、隙を窺う国々の動きをどう読むのか。

現状、日本だけでなく、世界のどの国の指導者も似たような悩みを抱えているということなのかもしれません(立ち位置がしっかり決まっている国とそうでない国の差はあるかもしれませんが)。いずれにせよ、それだけ現代社会におけるアメリカの比重が大きかったということでもありますね。

CORSIA(国際線のための炭素相殺・削減スキーム)について

The Economist電子版は旅行をテーマにしたGulliverというコラムで、今後長期的な成長が見込まれる航空各社の国際線ビジネスと環境汚染の問題について論じています。

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記事によると現状で国際線のフライトが起因となる温暖化ガスの排出は、比率にして全体の約2%程度であろうと言われており、一見大したことないように思えます。しかし1970年代から15年ごとに産業の規模は倍々ゲームで拡大しており、現状ボーイング社やエアバス社が抱える航空機の受注残を勘定に入れると、この成長傾向はしばらく続くことが確実視されているとのことです。

先ごろ発効が決まったパリ協定では、各国の国内線について規制の網がかかっているものの、国境をまたぐ国際線については別枠で議論がなされていて、協定からは外れているのですが、その取り決めが表題にあるCORSIA (Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation: 国際線のための炭素相殺・削減スキーム)と言われる多国間調整メカニズムです。これは、排出国が決められた排出量を超えた分についてマーケットメカニズムに基づく負担(超過分のクレジットを市場価格で買い入れる)を受け入れるという、言ってみれば京都議定書以来の「枯れた」手法のようなのですが、主管するICAO (International Civil Aviation Organization: 国際民間航空機関国連の専門機関の一つ)のサイトによると、日本を含めた66か国が参加を表明しており、2021年から稼働するスキームは2027年には加盟国への義務的参加が要求されるようになる方向だそうです。日本も今年9月に参加を正式に表明しています。

Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation (CORSIA)

The Economistが伝える懸念事項としては、ロシアやブラジル(航空機の生産国でもありますね)、インドなど、対策に参加してほしい大国がまだ参加していないこと、特にロシアは独自の枠組みを提案する動きを見せていることなどがあります。2021年から2027年というフレームワークや、枯れた手法の適用などは、堅実な対応と呼べるものなのかもしれませんが、それ以上ではないとも言えるわけで。

じゃあどうすればよいのか?という疑問への、素晴らしい決め手がない以上、やれることを辛抱強くやりましょうというしかない人類の現状を、この取り決めは図らずも象徴してくれているように思います。

 

ストックホルムへの7枚のチケット

よくThe Economistを読んでいて思うのは、科学関係の記事が読みやすくレベルも高い、ということです。むろん日本の新聞も、科学文化部あたりが週末の特集記事として大きなページを使って書く記事は、十分に深いのですが、あるいはニュースの記事があまり深いことを書いても仕方ないとされているのか、たとえばノーベル賞を受賞した、という記事において日本人以外の受賞についての解説はごくごく簡潔なものであることが珍しくありません。逆に、日本人が取ったとなるとものすごく詳しい解説がついたりするのですが(世界的に見れば日本の新聞は、言ってみればローカル紙なので仕方ないのかもしれません)。

前置きが長くなりましたが、10月8日号のScience and technologyには、つい先ごろ発表された今年の自然科学系ノーベル賞(化学賞・医学生理学賞・物理学賞)について、その功績を国籍に関係なく詳報しているという記事でした。ナノカーに代表されるナノテクマシンの研究、オートファジーの研究そして物質の伝導性にたいする渦の働きの解明と、3つの功績をごく平等かつ簡潔に紹介してくれています。

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経済学賞、平和賞や文学賞もそれぞれ凄いと思うのですが、それがどれだけ人類の進歩・発展に直接的に寄与したのかと考えるとき、自然科学系の各賞がスポットライトを浴びる理由が分かる気がします。それこそが、基礎研究の持つ意味ということなのだろうと思うのです。

気候変動対策のための、新たなる資金チャネル

The Economist10月8日号のFinance and economicsには、気候変動対策向けの新しい国際資金メカニズムである「緑の気候基金」(Green Climate Fund)についての記事が載っています。

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他の環境対策に比べてあまりに範囲が広く、求められる資金額も大きく、既存の資金メカニズムではうまく対応できないということなのだと思うのですが、昨年パリで開かれたCOP21の前に稼働したこの基金は、韓国の仁川にその本部があります。

The Economistが注目したのは今週開かれる理事会についてで、主に日本を含む先進国からの拠出により100億ドル規模の資金は何とか確保したものの(日本は15億ドルを出資)、実施される案件の品質管理やなかなか進まない案件形成など、実務面での課題が山積していることに加え、エクゼクティブ・ディレクター(つまりトップ)を務めていた女性が昨年任期を残して退任したことを受け、その後継人事が決まる会議でもあるから、ということのようです。

日本はパリ協定の批准も遅れ、この基金についても何か主導的な貢献ができているかと言われればそれはそうではない、というのが現状だと思います。本部がせっかく東半球に設置された機関ですから、理事会の成果と併せて今後についてもぜひ注目して行きたい存在だと思います。

大勢は

休日の夜にどうかと思ったのですが、The Economist電子版が取り上げたアメリカ大統領選挙テレビ討論の第二回目について。

既にどちらが勝った、というような議論は論外のようで、それでも結論は辛辣です。

クリントン夫人への脅しを含め、彼(トランプ氏)はアメリカ人のすべてが避けるべき暗黒の道を下りだした。」ですって。

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まだ、日本のメディア(特にネットのそれ)は、有権者のトランプ氏への熱狂を伝える、「気の利いた」情報を流すところもありますが、見方というかスタンスが「誰のためのそれなのか」というところを見ると、そのメディアがどの程度自分たちに役立つ情報を伝えようとしているのかが分かるような気がします。

エライ人のためのメディアがこの国で勝ち得た権威にたてつく気はないのですが、何というか、そういう気取ったメディアは私はあまり好きではありません。正道を行きましょうよ、正道を。

オバマが遺してゆくもの

The Economist誌の10月8日号は巻頭のBriefingに、バラク・オバマ大統領による長文の寄稿を載せています。曰く、保護主義や反イスラム主義を批判しつつ、疑いようのない資本主義と世界経済の関係性がもたらす価値を踏まえて、経済の分野において4つやり残したことがある、それらを克服するために努力は続けられなければならない、と。

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今年ヒロシマを訪問した際にも、安倍首相に対して努力を継続することの重要性を繰り返し説いていたと言われるオバマ大統領ですが、そうだとすると中長期の視点に立った彼のビジョンは存外に骨太なのかもしれません。去りゆくアメリカ大統領が未来に託そうとするものが何なのか、簡単に見てみたいと思います。

彼が問う努力とは、すなわち格差の是正を図りつつ最善の経済運営システムである資本主義の福音があまねく行き渡るようになることを目指すためのものだそうで、言わばバトンリレーである大統領職を引き継ぐ人が、その方向を目指してくれることを期待する、と述べています。

まず第一に彼が挙げるのがイノベーションの重要性で、滞りがちな設備投資を刺激するための税制改革などが可能であること(すなわちまだ手がついていないこと)に言及しています。イノベーションの重要性については疑問をさしはさむ余地は少ないと思いますが、時間のかかる課題であることを認識すべき要素かなとも思います。

次に格差の是正について触れていて、2015年にアメリカは低所得層の所得の伸び率が富裕層のそれを上回ることを実現したのだそうですが、そもそもの格差が信じられないほど大きい(大企業経営者の年収は労働者の250倍!)国ですから、変化の兆しは望ましいとしても、なんだかあまりに小さい規模の話に聞こえます。

第三に就業率の向上というか、非自発的失業の削減あるいは適正な雇用機会の提供について触れています。それによると、男性の就業率が右肩下がりなのに加えて、ここ数年はそれまで順調に伸びてきていた女性の就業率も頭打ちになっているのだそうで、大統領としては、まさにやり残したことと感じる要素なのかなと思います。

第四に彼が挙げるのが、レジリエント・エコノミー、すなわち危機に強い経済ということで、そのためのルールの重要性を挙げています。

そのうえで(忘れてたわけではないと思うのですが)付け加えているのが、地球温暖化対策についての話で、パリ合意の着実な実現に向けた努力を、期待感を込めて促しています。

最後は若干の自画自賛というか、金融セクターを襲った危機を税金投入なしで乗り切り、自動車産業を救ったこと、結果として経済は成長したことなど、目指してきた方向性に間違いがなかったことを述べたうえで、持続可能な経済成長はまた分け合えるもの(shared)でなくてはならない、というコトバで自らの寄稿を締めくくっています。

分け合うこと、すなわち「分配」は日本で言うと自民党より民進党旧民主党)が訴えかけていた政策課題だと思うのですが、この8年間相次ぐ経済危機を克服し、成長を続けたもののミドルクラスの没落を防げず、国内にフラストレーションをため込む結果となった政権の総括としては、まあそんなところなのかなと思います。

それよりも、日本やおそらくEUの視点から見ても評価できると思うのは、述べるべき人が述べるべきタイミングで流れを見える化してくれたことです。文頭で述べられている保護主義への警鐘は、コトバこそ明確ではありませんが間違い用のないクリントン候補への支持につながる考えでありましょうし、何かの間違いでトランプ候補が当選するようなことになったとしても、政権移行時の定点がそこにあったということを確認できることは、長期の世界経済を考えるうえで大変意味のある事と評価できるのではないかと思います。