新 The Economistを読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economistを読んでひとこと

報道されない企業家の自殺

8月18日号のFace Valueは、報道に関するさまざまな疑問を暗示してくれる興味深い記事でした。いつもなら、各界で活躍する企業家の顔写真が載っている欄に歩いている男性のシルエットだけが載っていて、一寸異様な感じがします。早速記事を読んでみると「8月14日の人民日報に自殺を報じる記事が載るまで、Zhang Shuhongを知る人はほとんど居なかった。」との書き出しで、The Economistは(でさえ)彼の写真を見つけられなかったこと、彼がおもちゃメーカー・マテルの下請工場を共同保有する中国の工業団地にあってさえ、無名の存在だったことが先ず書かれています。彼は何故自殺しなくてはならなかったのか。

事件はマテルが中国製のおもちゃに使われた塗料に鉛が使用されていたことから、これら中国製品を自主回収する、と発表したところに端を発します。このあたりは日本でも繰り返し報道されたことですが、Zhang氏の会社のような「大企業」は、むしろ海外市場のニーズに対して前向きであり、企業名の把握や原因の調査も可能であること、Zhang氏はマテルの永年の下請けであったこと、問題はおもちゃの製造というより彼が市場から購入した「おもちゃ用の塗料」であり、それが他の企業(特に中小零細)でどのように使われているのか、闇は大きいことなどが報じられています。日本にとって脅威となるほどに技術は向上したが、品質管理とアカウンタビリティの面でまだまだ弱いのが中国製造業の特徴である、とThe Economistは断じています。

OEM生産を主な業態とする中国の「製造下請」がどんな環境でどのような生産を行っているか。Yue Yuenという会社の中国工場で生産されるプーマ、アディダス、ナイキのスポーツシューズ。市場では別メーカーの製品として売られるこれら製品が、同じ混合ラインから吐き出される情景はちょっと想像しにくいものです。PCも同じ。HPやデル、アップルの製品が同じラインで作られているなんて。。

疑問を整理してみましょうか。①Zhang氏は何故自殺しなくてはならなかったのか、②彼の自殺や中国の製造業の実態は何故日本で報道されなかったのか、あるいはこれからされるのか?③鉛入り塗料の規制問題は日本と中国の経済関係に影響を及ぼすのか?④中国の製造下請に対して顧客たるマテル、そして日米欧の所謂「メーカー」は何を得ることを期待し、何を得ないことを期待しなくてはならないのか?そのための方策は?

技術移転が進み、技術だけが向上した途上国がどのようなリスクを及ぼしうるのかを、するどくえぐった記事でした。The Economistを長年読んでいて、製造業については一寸弱いイメージを持っているのですが、今回のような社会的切り口から掘り下げると、日本の工業系新聞では及びもつかない「深堀り」の効いた記事になります。